歩兵101連隊東部62部隊
| 歩兵第101連隊東部62部隊射撃場 | |
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20年もこんな生活を続けている。大晦日除夜の鐘と同時に地元神社8社に祈願挨拶回り。各神社には神社総代はじめ役員が総出で参拝客の接待に集合している。皆さんに一度に挨拶できるという利点がある。神様に叱られそうだがこれは効果的だ。
車で回るから酒は一滴もいただけない。夜中中やっているので五時頃までかかる。五時半から所属する「葛西神社ラジオ体操会」の神社での初祈願が行われる、これも恒例なのだ。
6時30分からは新年第一回ラジオ体操を150人程で行う。
7時初日の出を近くの江戸川土手に上がり拝む。今年の初日は風はないが厳寒の中、霜で真っ白の河原の彼方からゆっくりと上ってきた。年の初めを自覚する瞬間だ。来年の今日、ここに立つまで走り続けるスタートを切ったわけだ。「四方拝」の後,区民安全、家内安全、健康祈願、商売繁盛、子等の健全育成等々初日に祈願した。
神社に戻って境内で新年の乾杯と小宴を開催。
8:00帰宅して神棚の飾りをなおして頂いたお札を納めてお参り。両親の仏壇に、新年の報告。会社に出て当直社員に新年の挨拶と労いをする。打ち合わせをして、家に戻り、風呂に入って屠蘇の膳に付くのは12時過ぎになる。年賀状をみている暇もなく、暮れに残した仕事に掛かる始末だ。こんな人生も有りなのだ?
清水の湧き出る暗い藪の中で黄色のイチゴを発見したときの心の高まりは何だったのだろう。山吹の近くで発見したので雌の山吹の一種と思っていた。HPで調べるとカジイチゴのようだ。記憶では花は黄色の様だと記憶しているが、カジイチゴの花を見ると白だったかもしれない。秘密の場所にして、毎年時期になるとこっそり様子を見に行ったものだ。僅かな数だが花が咲き実を付けると、待ってられなくて毎日のように忍んでいった。完熟するのが待てなくて少し固いのを摘んで食べた。着果率が悪く、花も少ない、品種改良で、実も少し大きくして着果率を高めたら高級木イチゴとして人気を博するかもしてない。上品な甘さと透き通る黄色の実は保証付きだ。
いつものように午後11時発のバスを待っていると、「グジュグジュ」と、微かに鳥の鳴き声が聞こえる。一度、耳を疑ったが確かにムクドリの鳴き声だ。空き広告塔の上に何羽かいる。目をこらすが、暗いのと高かみなので姿は見えない。例のケヤキにも何羽か居るようだ。北口にムクドリが戻ってきた。
バス停に立っていると、ふらふらとオロナミンを持ったおっさんが来た。急に「この前どうも有り難うね」なんて言う。「お陰でムクドリいなくなった」と言われて陳情の運転手さんとわかった。「どういたしまして」とは言ったが、俺は木の枝を切っただけなのに。音を探してきたのは役所の人なのだ。「ま、いいか」俺の手柄でも。どっちにしてもムクドリは居なくなったのだから。
10月25日(水)午前10時50分、成田を発って午後、北京入り。空港から北京市特別区の一つ豊台区(人口160万人)に直行、新しく就任した李区長さんを表敬訪問致しました。去年の4月18日は葛飾区議会議長として前日騒乱の北京市に入り、北京市公安に守られながら豊台区に移動、友好20周年の公式行事を無事終わらせた当時とは、打ってかわって穏やかな訪問でした。
ハーバードのケネディー公共大学院出身の国際政治コンサルタント社のアナリスト渡邊裕子先生からハーバードのケネディー公共大学院の生活について細かく楽しいお話があった。90分の授業がとても短く感じられもっと訊きたいことが沢山あった。授業方法は我らガバナンスの修士コースと似ているところも多いが中身が重そうだ。修了に16科目が必要なところは似通っている。次回もう少し細かいところを訊いてみたい。勉強方法も少し変わるかもしれない。
10月15日(日)に告示された埼玉県三郷市長選挙と千葉県浦安市長選挙・応援した新人の木津新三郷市長・松崎浦安市長(3期目)の2候補がめでたく当選してくれたので2戦2勝と幸先がいい。10月21日(土曜)は4限目の授業を4時に終わり5時50分の飛行機で羽田から北海道旭川市に飛んだ。私が会長を仰せ付かっている全国市区町村花とみどり推進議員連盟の会員・安住太伸君が市長選に立候補するからだ。翌日。出陣式では安住候補の真剣な決意表明にその場にいた多く応援者が涙したほど熱がこもっていた。選挙カーで走行中には連呼はしないと決め、粛々と車を進めながら、昼間は辻説法を中心に選挙活動を夜は複数の個人演説会で訴えをするという戦法。新しい形の選挙法である。旭川駅前の第一声はテレビ新聞報道陣の取材の中、不肖谷野せいしろうが口火を切らせて頂き、苫小牧の鳥越議員が応援演説をし安住候補の力強い訴えに、通りかかりの東京の観光客達から「このひと受かるわよ」と率直な評価を戴いた。選挙戦に入ったばかりだが、自民党先輩重鎮幹部の急逝に後ろ髪を引かれる思いで東京に戻てきた。25日~27日は中国・北京に公務表敬の為に出張があり、戻り次第、勉強会と花と緑の政策講演会等多忙を極めている次第です。
習慣は恐ろしい。夜、駅を出るたびに見上げてしまう。主を失った寂しげなケヤキ。その内に戻ってくると気軽に考えていたが間違いだった。既に一ヶ月が過ぎムクドリどころか雀一羽戻って来ない。
議会に行くと、環境課の役人がすまなそうに言うことには、ムクドリが危険を感じる音があるそうで、その音を鳥の帰ってきたところを見計らって、10~30秒、3日渡って流したという。効果はてきめんだった。
家に帰るなり、家内に「もう駄目かもしれない」と言うと、「あら、北口のムクドリなら、南口に居たわよ」と言う。「南口は大した木がないじゃないか」と言うと「ロータリーの植裁」と言葉は短かめ。どう考えても群れでとまれるような木は思いあたらない。でも何羽でもいい戻ってきたのなら。追い立てられないうちに会いに行くことにした。
昨日までのムクドリたち、その囀りのすごさは行き交う車の騒音ものみ込んだ。あの異様な世界は何だったのだろう。枝が詰められ、みすぼらしくなった木陰に、逃げ遅れた鳥が残ってやしないかと灯りに透かしてみて見るが動くものはなにも無い。役所は鳥達に何をしたのだ。
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